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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

サレジオ家族の聖人略伝

サレジオ会とファミリーの聖人・福者など、
神と人々に生涯を捧げた模範的な人々の略伝を紹介します。

Jose Vandorホセ・ヴァンドル司祭1909-1979年
サレジオ会司祭

帰天:1979年6月20日


 ホセ・ヴァンドルは、ハンガリーのドログで、セバスチヤン・ヴックとマリア・プックネルの子として、1909年10月29日に生まれた。宣教師としてキューバに来てから、ヴァンドルと改姓し、皆からヴァンドルと呼ばれるようになった。幼いときから、その善良さとだれをも仲良くさせる性格で目立っていた。最初、フランシスコ会の教育を受け、清貧を深く愛する精神を培われ、それを生涯持ち続けた。その後、サレジオ会を知り、ドン・ボスコの霊性と牧者の愛に心打たれ、1927年には修練院に入り、1932年8月13日には終生誓願を立てる。神学の勉強をイタリア・トリノで続け、1936年7月5日、扶助者聖マリアの大聖堂で司祭に叙階された。同じ年、キューバ・グアナバコアに派遺され、1940年まで教務主任と霊的指導の責任者として働いた。若者、特により貧しい者たちから非常に愛され、彼らのためにサレジオ的な心遣いをもって接した。31歳の若さで、ドメニカ共和国・モカの農業学校の校長に任命されている。腎明さと思慮分別に注目され、修練長に抜擢される。
 1946年、カマグエイの職業学校の経営管理者となる。1954年12月9日サンタ・クララで、カルミネ教会担当、また、職業学校の建築の責任者となると、彼の清貧とサレジオ的ダイナミズムが発揮されることとなる。カルミネ教会の改築やサレジオ修道院の建築にあたって、建設現場の宿舎などなしで工事を完了させたのである。
 バードレ・ヴァンドルは、優れた霊的指導者でもあった。彼の柔和なやさしさは、若者たちや、大人たちの皆の心を聞かせたのである。
 開校されると、1961年まで、校長となる。1965年、カルミネ教会の主任に任命される。この時期に、キューバでは市民戦争があり、危険に身をさらしながら、病人や負傷者、貧しい人々を助け、励ましていた。
 ゲバラの軍隊とコルネリオ・ロージャズ隊長との調停のための提案をしたり、和平のためにも努力した。「ヴィッラ・クララの聖職者のなかでも、愛すべく、高貴で、デリケートな人物」と言われていた。
 パードレ・ヴァンドルは聖フランシスコ・サレジオの柔和な忍耐強さ、賢明な奉仕、魂の霊的指導におけいて明晰な知恵を、ドン・ボスコの使徒的活動力、貧しい若者に対する愛、信仰の精神、喜びと親しい接し方を身に付けていた。
 1979年10月8日、死去。 2003年10月8日、教区の列福調査開始。